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秋田地方裁判所 昭和30年(行モ)2号 決定 1955年3月23日

申請人 菊地豊治 外一名

被申請人 荷上場村教育委員会

主文

被申請人が昭和三十年二月十九日申請人両名に対してなした免職処分の効力を当裁判所昭和三十年(行)第三号免職処分取消請求事件の判決確定にいたるまで停止する。

理由

申請人両名は主文同旨の決定を求める旨申立てその理由として申請人両名は昭和二十二年五月一日以降地方公務員(中学校教諭)として秋田県山本郡荷上場中学校に勤務してきたところ被申請人により昭和三十年二月十九日附の「教育公務員特例法第二十一条の三第一項により本職を免ずる」との辞令をもつて免職処分を受けた。

右処分は同月十九日荷上場村教育委員会定例会に於て議決されたものでその経緯はつぎのとおりである。即ち、右定例会は同日午後三時十五分委員小西万平外三名の委員(一名欠員)及び教育長事務取扱江川達雄出席のもとに開催され、右席上、議案第五号「中学校教諭の教育二法違反容疑の件」が議案第四号「二月十七日合併町村協定にかかる代表委員選出の件」と共に提案されて開会より閉会にいたるまで僅か五十分前後の間に(前記他の議題の審議を含む)申請人両名の免職が議決されるに至つた。而して右免職処分の事由説明書は辞令と同時に交付されず、同年三月四日申請人両名の申請により漸く同月五日附をもつて交付されたものの、その内容は別紙記載のとおりで、右事由説明書の記載は甚だ抽象的であるため申請人両名の如何なる行為が人事院規則に触れるのか不明である。けれども右二月十九日に開かれた定例会の会議録によれば前記免職処分の具体的事由は申請人両名は昭和三十年一月三日、地方自治法第八十一条に基く荷上場村村長の解職請求署名簿に署名初日に於て申請人豊治は第六十七番目、申請人文治は第六十八番目に夫々署名しているが同村は政争が激しく、今回の署名運動の代表者は川口辰夫で同人を助ける主な運動の推進力となつているのは菊地家といわれ、菊地家の総本家は申請人両名の生家で村内に親戚が多く且素封家でその勢力が強い。しかして申請人両名は菊地家総本家の二、三男であるからその言動は関係者及び村民一同に重大な影響を与えるものであるにも拘らず、申請人両名はこのような事情を充分予測して右署名運動に参与し署名を行うにあたつても卒先してこれを行い爾後の署名運動を容易ならしめる意図があつたものと認められるからこのことは教育公務員特例法第二十一条の三第一項によりその例によるものとされる人事院規則所定の政治的行為の禁止又は制限に違反するということにあるようである。

しかしながら被申請人のなした右免職処分は次の理由により違法であつて無効又は少くとも取消さるべきものである。

(一)  右免職処分は前記のように「教育公務員特例法第二十一条の三第一項により本職を免ずる」との辞令の交付によりなされたが、地方公務員は地方公務員法第二十八条又は同法第二十九条の何れかの規定によるのでなければその意に反して免職され又は懲戒処分として免職されることがないように身分が保障されているほか、荷上場村条例第六号職員の分限に関する手続及び効果に関する条例第二条第二項によれば「職員の意に反する降任若しくは免職又は休職の処分はその旨を記載した書面を当該職員に交付して行わなければならない」旨規定されており、更に同村条例第七号職員の懲戒の手続及び効果に関する条例第二条には「戒告減給、停職又は懲戒処分としての免職処分はその旨を記載した書面を当該職員に交付して行わなければならない」と規定されている。然るに申請人両名に対し発せられた右辞令はその文言自体地方公務員法第何条により免職したものか全く不明であるので、前記免職処分は当然無効のものというべきである。仮に右辞令の文言が何らかの表現の誤りであり、その後交付された前記事由説明書には地方公務員法第二十九条第一項第一号に基く懲戒処分であると記載されてあるとしても右事由説明書は後日にいたり前記定例会議の議決事項に基かず勝手に創作されたものにすぎないし、前記免職処分を議決した教育委員会々議録によつても地方公務員法第何条の規定による免職であるか全く不明であるから、何れにせよかかる議決に基く、右免職処分は無効である。

(二)  仮に右主張が理由ないとしても、右免職処分を議決した教育委員会の会議に於て議題として告示されたものは単に「中学校教諭の教育二法違反容疑の件」とあるだけで具体的に何人にかかる案件であるか又、如何なる処分をなすための議題であるかが不明で全く抽象的であるから告示としての効力を有しないものである。仮に「容疑の件」としての告示の効力があるとしても進んでこれが免職処分をするには新らたな告示をなすことを必要とすると解すべきであるから何れにせよ、右免職処分に関しては教育委員会法第三十四条第三項に規定する告示を欠くものというべく、かかる告示を欠く議題による議決に基く、右免職処分は違法として取消しを免れない。

(三)  仮に右主張も亦理由がないとしても、右免職処分は申請人等が法律上許された当然の権利を行使したにすぎない行為を目して故意に又は過失により曲解又は誤解のうえ違法な行為であると即断し、その判断の下になされた処分であるから処分自体重大且明白な瑕疵があり当然無効であるか又は少くとも取消されるべきものといわなければならない。すなわち、公務員が地方自治法に基く公務員の解職請求の署名簿に単に署名することは何ら法の禁止するところではなく人事院規則一四―七に於てもこれを公務員の市民としての最低限度の権利として当然認めているところ申請人両名が前記の如く村長解職請求署名簿に署名した事情は極めて単純なものにすぎないのであるから何等違法ではないのである。

今右の事情を詳述すれば昭和三十年一月三日午前中申請人豊治が自宅に一人でいる際(妻子は実家に遊びに行つて不在)川口辰夫が署名簿を持参し署名方を勧誘されたので、その場で署名し又申請人文治も同時刻頃自宅に一人でいる際(妻子は二ツ井町の妻の姉宅え遊びに行つて不在)右川口辰夫の来訪により同様署名したにすぎず川口は何れの場合も直ちに辞去しているのである。右により明らかなように申請人両名は当然の権利を行使したまでであり何等他意はなかつた。而も前記定例会々議録によれば前記免職処分の具体的事由としては前記の如く申請人両名が村長解職請求署名簿の第六十七番目と第六十八番目に署名したというにすぎず申請人両名が右署名運動を企画主宰指導その他これに積極的に参与したという事実は何等あげられていないにも拘らず、右単なる署名の事実をもつて直ちに申請人両名が菊地家の二、三男であり、菊地家が親戚多く素封家である関係から本家の二、三男の行動は自ら他に重大な影響を及ぼすことを充分予測してなされたものと憶測し、このことが恰も人事院規則一四―七第六項第一号の「政治的目的のために……私の影響力を利用すること」並びに同第九号の署名運動に「積極的に参与すること」に該当するという如き口吻であるが(但し前記事由説明書には人事院規則一四―七第六項第九号の署名運動に積極的に参与すること」に該当するとの点が附加されているが前記会議録によれば教育長事務取扱の提案理由説明書に於てもその後の各委員会の発言に於ても右第九号に触れるものとの発言はない。)申請人両名が偶々村内有力者の二、三男たる身分を有しているため結果に於て他に及ぼす影響が重大であるからといつてその当然の権利を行使することが人事院規則所定の影響力を利用すること乃至積極的に参与することにあたるということはできないのであつて、そのこと故に申請人が右署名簿に署名することができないとするのは国民が法の下に平等であることを規定した憲法第十四条、地方公務員法第十三条の明文に反するものといわなければならない。(現に荷上場村居住で他村の小学校勤務の教育公務員が前記署名簿に署名しているが何ら問題とされていないのである。)そのうえ前記会議録によれば一委員の如きは「法規の研究が不充分であるから更に検討したうえで処置したら如何」と正直に発言している事実が認められ、又前記免職辞令の文言自体によれば各委員とも法規の研究が極めて不充分であり、法の適用に習熟していないことが明らかであるのみならず右免職処分前後における関係者と被申請人との接衝にあたり委員会の教育長事務取扱の卒直に言明したところによれば「懲戒処分という如き重大な結果を伴うことは考えず単に村から他に移転して貰えばよかつた」というのが前記定例会当時における被申請人委員会の偽らざる態度であつたといわれる。しかるに前記会議録によれば被申請人は申請人両名の弁明を聞く余地なしとし、その他署名運動者所属校長等重要関係者につき事実調査身上調査等の労もとらずに僅々三、四十分の間に単に前記署名簿に署名したという事実のみにより極めて忽卒に且無慈悲にも極刑たる免職処分を決している。このことは単に法の誤解というのみでは割りきれない。むしろ曲解と断定すべきものを含んでいるもので、被申請人は申請人両名に対し多大の偏見を持ち、その職権を乱用して教育公務員特例法第二十一条の三、人事院規則一四―七を無理やりに適用しようとしたものであることが自ら明らかである。そしてこのことは次の事情すなわち被申請人委員会の委員等は前記定例会開催当日午後山本郡教育事務所勤務佐藤岩雄との懇談会で飲酒の後、前記定例会に出席したのであるが、従前は免職転任等教職員の身分の変更については事前に県教育委員に通知相談をなしてきておりこのことは特に昭和二十九年度以降は県教育委員会と各地方教育委員会との間に締結された小中学校教職員人事に関する協定書第八条によつて明文化されているのに本件免職処分に限り右佐藤指導主事が来ていたにも拘らず一言の事前の相談もしていない事情によつても明らかである。

以上の如く右免職処分は何れの点よりするも違法であるから申請人両名は昭和三十年三月十日荷上場村公平委員会に対し右処分を不服として提訴したけれども右処分の執行をうけるときはその間天職と念願する教壇に立つことができないことは勿論のこと、現在年度末定期異動の時期にあたつている関係上これに関し上司に対し意見をのべる機会を失うこととなるのみならず、生活上も困窮をきたすこととなり他方荷上場村は昭和三十年三月二十四日を最後として二ツ井町に合併せられ教育委員会も公平委員会も夫々新二ツ井町の機関として別途発足することとなるので(荷上場中学校も廃校となるといわれる)このために組織の切りかえに相当長期間を要することが予想され、荷場上中学校としても現在教職員が僅かに六名いるにすぎないため学年末の諸事務にも重大な支障をきたし、償い得ない損害を蒙ることとなるのでこれを避けるため緊急の必要があるから右処分の取消を求める訴を御庁に提起して右免職処分の執行停止を命ぜられんことを求めると述べた。

当裁判所は申請人両名提出の疎明資料に徴し、申請人両名の本件申立を理由あるものと認め行政事件訴訟特例法第十条に基いて主文のとおり決定する。

(裁判官 小嶋彌作 小友末知 駿河哲男)

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